孟子を読んでいて3

 現在、孟子を読んでいるのだけど、最近読んでいて特に思うのは、荀子が相当影響を受けていたのだなぁ。ということだ。

 あと、孟子は、たまに私ですら論駁できるようなことを述べている。それは、孟子という書物は、孟子がしていた話を弟子が書物にしたという形式にも深く由来していると思う。こういった形式なので、相手と時を選んだ話がされているのであって、荀子のような書物と違って、そのことが理詰めで述べられているわけではない。そして具体的なことが多い。半面、現代では意味の分からないところも多いのだけど。

 また、今日、有名な「尚友」のところを読んだ。自分ほどの賢人は少なかったであろう孟子にとって、「尚友」はとても大事な友達だったんだろうなと思う。

 もうひとつ思うのは、読んでいる本の影響は実生活に少なからず出るのだなということである。少し前まで、韓非子とか荀子とかを読んでいる時は、何かしゃべりたいと思うことはほとんどなかったのだけど、ソクラテスの思い出や孟子を読んでいるせいか、最近はしゃべりたくなることがある。仏教では無駄口は勧めれられていないし、まあ、それが、良い影響なのか悪い影響なのかは分からないけれど。

 孟子が言うには、教えない賢者と愚者とは紙一重の差しかないそうだ。教える賢者は賢者であり、教えない賢者は愚者と紙一重、確かにそうかもしれない。

 他にもいろいろと良い教えが満載である。吉田松陰が講孟錯記とかいうのを書いたらしいのだけど、そういったものを書きたくなる気持ちは分かる。良い教えは多いが、要点だけを取り上げた方がいいのではないか。と思われるところもあるからだ。またそのうち、講孟錯記と併せて孟子を読んでみたい。