2013-03-01から1ヶ月間の記事一覧

何ごとにも基準が肝要3

まえの続き ケイゴーサ「では、ソクラテス、かの美しき徳の宮殿への道のりを語ってはいただけませんか」 ソクラテス「よし、やれるだけやってみよう。これからそれを語るに当たって、その徳の宮殿のことを、ぼくはときどきギリシア語風に“アレテオン”と言う…

64.荀子 現代語訳 王制第九 二章

二章 政治の提案などを聴く時の重要なこと。 善い話を持ってくる人に関しては礼によって厚遇し、不善の話を持ってくる人に関しては刑罰でこれを処遇する。善と不善の両者が分別されれば、賢者と愚か者とが紛れることもなく、是と非が乱れることもない。(●政…

なにごとにも基準が肝要2

前回のつづき ここまで議論を進めた時、少し離れたところに腰かけていたアツシナントロプスが、スッと立ちあがって言った。「すばらしい、ぜひ私も側で聞かせていただきたいものです。長編詩も結局は短編詩の結合に過ぎず、いかに大きな山も小さな土塊や石の…

63.荀子 現代語訳 王制第九 一章

一章 政治のやり方を是非とも教えていただけませんか。 答えて曰く、賢くて才能のある者は順番を待たずに抜擢し、仕事をこなす能力のない者はそれが分かり次第すぐに罷免し、悪の元凶となっている者は教えることなくすぐに誅殺する。偏らず変わらない中庸の…

何ごとにも基準が肝要1

今日、荀子の現代語訳をしていて、なるほどぉと思うことがあった。とても単純で簡単なことなのだけど、この重要性にはなかなか気が付けないし、言われてもすぐに分かることでもないし、すぐに身につくことでもないと思う。 簡単にまとめてしまうと、心を測る…

62.荀子 現代語訳 儒効第八 十二・十三章

十二章 人の種類。 普段の心持は、何ごとも自分に傾いていて自分勝手を免れていないのに、それでも人からは自分が裏表なく皆のために尽くす人と思われることを願い、行いは薄汚れていて怠慢であることを免れていないのに、それでも人からは自分が修まった人…

61.荀子 現代語訳 儒効第八 十一章

十一章 話を聞かないことは話を聞くことに及ばない。話を聞くことは実際に見ることに及ばない。見ることは知ることに及ばない。知ることは行うことに及ばない。学問は行うことに至って止まる。(●聞かざることは聞くことに若かず。聞くことは見ることに若か…

たまには普通の日記

最近は、たくさんの方が私のブログを読んでくださっているようで、とてもうれしく思っています。ありがとうございます^^普段のタイトルだけ見ていると、私の事を、イカれた荀子マニアか、イマドキ珍しい信心深い人間か、くそまじめのお堅物か、とにかく職…

60.荀子 現代語訳 儒効第八 十章

十章 造父は、天下でも随一の馬の御者であるが、車と馬がなかったら、その能力を発揮することはできない。羿(ゲイ)は、天下でも随一の弓の名手であるが、弓と矢がなかったら、何の手柄を挙げることもできない。大儒は、善く天下を調節して一つにする人であ…

59.荀子 現代語訳 儒効第八 九章

九章 客にこのようなことを言う者があった。周公は徳の盛んな人であった、身は天子となり貴位を極めたのにいよいよ恭しくなり、家は天下を保有して至富を極めたのにいよいよ倹約をして、全ての敵に勝ち勝利を極めたのに警戒心を解くことはなかった。孔子はそ…

58.荀子 現代語訳 儒効第八 八章

八章 大衆の俗な見解に満足して、それに従うことを善だと思いこみ、財貨のような霧散するものを宝だと思いこみ、ただ生きているだけでそれが最高の道だとするのは、民の徳というものである。 行いは法則があって正しく、目標を保持すること堅く、欲によって…

57.荀子 現代語訳 儒効第八 六・七章

六章 だから、君子が、社会的地位が無くても貴く、給料は無くても富み、言葉が無くても信用でき、怒らなくても威風があり、困窮し行き詰っていても栄え、一人で居ても楽しみを忘れないのは、これこそ、至尊・至富・至重・至厳の性情の全てがここに備わってい…

ヘロドトス 歴史 を読んでいて3

最近、夜寝る前に、ヘロドトスの歴史を読むようになっている。 やはり面白い。 こういった点が面白い、というのを、具体的に挙げると、 1.歴史的人物を英雄でなくて人間として描き出している 例えば、昨日読んだところだと、アケメネス朝ペルシアのカンビュ…