何ごとにも基準が肝要1

今日、荀子の現代語訳をしていて、なるほどぉと思うことがあった。とても単純で簡単なことなのだけど、この重要性にはなかなか気が付けないし、言われてもすぐに分かることでもないし、すぐに身につくことでもないと思う。

簡単にまとめてしまうと、心を測るのにも、自分を測るのにも、事を行うのにも、言葉を発するのにも、全てに基準や法則が必要である、ということである。

また、ソクラテスの力を借りて、このことを少しでも明らかにしようと思う。

さあ、いでたまえソクラテス

ソクラテス「やあ、ケイゴーサ、今日は何の用事でぼくを呼んだのだい?」

ケイゴーサ「他でもありません。ソクラテス、私は、自分が何を行うべきか、自分が何をすべきか、自分が何を言うべきで、何を言わないべきか、とにかく、何をしたらいいのか、さっぱり分からなくなってしまったのです。そこで、あなたを呼んで、このことを解決しようと思ったのです。教えていただけませんか」

「もちろんいいとも。しかし、ぼくが君に何かを教えると言うと、それは少し違うだろう。それとも何かい、君は、ぼくが言ったことを全て信じてしまうのかい?生まれたての鳥が一番初めに見たものを親と思いこむように」

「あなたほどの知恵者の言うことを、そのように信じて何が悪いのでしょう?」

「じゃあ、君は、今から全ての衣服を脱いで、あの大通りに行ってみなさい。」

「………」

「ほら、言わんこっちゃない。君には考える力があるのだから、生まれたてのヒナになっちゃあいけない。さあ、それでも教えてくれと言うのか?」

「やはり、あなたには敵いません。私はこう言うべきだったのですね。つまり、私と一緒に考えてくれますかと?」

ソクラテスは笑みを浮かべて言った「少しぼくのことが分かってきたみたいだね。ぼくは、話をするより話を聞くことの方が、話をただ聞くだけよりは誰かと話をすることの方が好きなのだ。なぜかと言って、ぼくは自分のことさえよくわかっていないのだから、もちろん人のことも知りたいのだけど、それなら、一緒に考えることより優れたことはないことになる。なんと言っても、人の事についても考えながら、自分のことも考え、そして知ることができるわけだからね」

ケイゴーサも笑みを浮かべて言った「このやりとりは使い古されて、もう袖がくたくたになって、しかも擦り切れて穴まで空いたTシャツのようになっているのですが、どうしてもこの前置きはやらないとならないのですね。」

ソクラテスは口元に笑みを残しながら目をまん丸にして言った「前置きだなんてとんでもない。ぼくは、君の言ったことに誠実に答えたつもりだが。」

ケイゴーサはこらえきれずに笑いながらこう言った「さあ、では、私は、自分が何を行うべきか、自分が何をすべきか、自分が何を言うべきで、何を言わないべきか、とにかく、何をしたらいいのか、一緒に考えましょう」

「いいとも。まず、ぼくが思うに、この話題は、あまりにも範囲が広すぎると思うのだ。というのも、もしも君が川でおぼれていれば、すべきことは唯一つ、一生懸命に泳いで陸地に辿りつくことだけであるし、砂漠の中で飢えて疲れ果てているのなら、木陰とオアシスを探し求めるべきであろう。いやしくも、君が生きたいと思っているのならばね」

「確かにそうです。そういった状況では、私は生きるためにそういったことをすべきと判断して、事実そういった行動をするでしょう。ですが、今、私が話題にしたいのは、“善く”生きるためにすべきことなのです。」

「それこそ、君、使い古された議論でボロボロのTシャツどころか、使い古されて誰も見向きも手入れもしなくなった古の宮殿なんじゃないのか?」

「あなたのおっしゃることは良く分かります。このことについては、あなたのお弟子のプラトンも、またその弟子に当たるアリストテレスも、その他にも多くの愛智者が、何度も手を変え品を変え語り継いでいるのですから。ですが、この古の宮殿は、みながほったらかしにしていたから、少しでも手入れをしなければならないのです。今から、少しでも手入れをしようではありませんか。」

「君の言うことももっともだ。しかし、その宮殿が美しいことはぼくだって簡単に想像できるのだけど、それ以上に、その宮殿がとても広いことも同じく簡単に想像できる。これでは、話題の範囲を絞るどころか、逆に広しくしてしまうようなものじゃないかい?」

「きっとそうでしょう。だから、その宮殿をどのように手入れすべきかということに絞って話をしようではありませんか」

「いいだろう。しかし、この宮殿を手入れするためには、この一個の宮殿をいくつもの部分に分けることから始めないとならないだろう。なぜなら、その宮殿の、玄関には玄関の、寝室には寝室の、居間には居間の、それぞれに相応しい手入れの仕方があることが予測されるからだ。それとも、君は、絨毯の敷いてある居間で水を撒き散らし、玄関でコロコロを使って、ベッドの上でモップをかけようとでも思うのかい?」

「もちろん、そういったことはしないでしょう。あなたのおっしゃるように、この宮殿を部分に分けることから始めようではありませんか」

「しかし、この宮殿は広いのだよ。部分に分けているだけでも、相当な時間がかかるだろう」

「確かにそうです。では、ある部分、例えば玄関だけについて、考えてみようではありませんか。そうすれば、全体に通ずることも何か分かるかもしれません」

「君の言うとおりだ。では玄関について考えてみよう」

長くなりそうなので「つづく」ということで