なにごとにも基準が肝要2

前回のつづき

ここまで議論を進めた時、少し離れたところに腰かけていたアツシナントロプスが、スッと立ちあがって言った。「すばらしい、ぜひ私も側で聞かせていただきたいものです。長編詩も結局は短編詩の結合に過ぎず、いかに大きな山も小さな土塊や石の集積に過ぎません。そうであれば、大きな建築についても、玄関や一つの区画を考察することがまずは最も大切なことでしょう。」

このアツシナントロプスの言葉を聞くと、ソクラテスは何かを言おうとして、右足を半歩だけアツシナントロプスに近付けた。しかし、ケイゴーサは、慌てた様子でソクラテスを遮るようにこう言った。「さあ、ソクラテス、こうしてアツシナントロプスの同意も得られたことですし、議論を再開しようではありませんか」

ソクラテス「ケイゴーサ、君にはいつもの悪い癖が出ているようだね。つまり、議論を早く結論に近付けようとするその悪い癖のことだ」

ケイゴーサはソクラテスの顔よりも少し斜め上を見ながら、とぼけた顔をして言った「なんのことでしょう」

ソクラテス「つまり、今、君は、アツシナントロプスの言葉の、前半の部分を無視して、後半の部分だけを話題にしようとしているということだ。君がそのようなとぼけたことを言ったところで、既にぼくの後ろにはムーサたちが出番を待っているし、君の方にもその両肩にかわいらしい鳥が二匹とまっている。それとも君は、この精霊たちのことを無視しようとでも言うのかい?」

「私は、あの宮殿のたとえが出た時から、こうなることを恐れていたのです。つまり、その詩と歌の精霊たちが来てしまうことを。私には見えないのですが、その鳥とは、一匹は頭が二つあり、もう一匹の方は頭が人間の顔のような形をしているのではないのですか?」

「うむ、確かにそのような形をしている。そして、付け加えるならば、その羽は美しく、その尾も優雅に垂れ下がり、奇妙な形ではあるけれど、どちらの鳥も均整がとれていて美しい。頭が二つある方の鳥は、体は同じなのに以前は頭同志で喧嘩ばかりしていたようで、頭だけひどく傷ついている。しかし、今はとても仲が良さそうだ。」

「それならば、人の頭を持った鳥は迦陵頻伽(カリョウビンガ)で、頭が二つある鳥は共命之鳥(グミョウシチョウ)でしょう。そして、あなたのおっしゃる通り、私は、いちはやく議論を先に進めることばかりを考えていました。しかし、それらの精霊がここに現れた今、この議論が長くなることを覚悟して、その宮殿の大まかな様子と、その宮殿に至るまでの道のりについて話し合わなければならないでしょう」

「確かに、精霊を無視しないことは大事なことだ。だが、ケイゴーサ、議論を長くすることは、あながち無駄なことでもないと思うのだ。というのも、これから話し合おうとするその宮殿が美しく語られれば語られるほど、多くの人がその宮殿に興味を持ってくれるだろうし、そもそも、ぼくたちの話し合おうとすることは、その宮殿の玄関ということだった。これから玄関のことを語ろうというのに、そこに至るまでの道のりも、その宮殿の大まかな様子も語られないなら、目的地もその道のりも何も知らないままに、当てもなくふらふらと旅に出ることと何の変わりもないだろう。とは言っても、こういった多くの利点があるにも関わらず、一つだけ気がかりなこともあるのだが」

「恐らく、私もあなたと同じことを気にかけています。それは、私たちが両人とも、いや、少なくとも私は、美しい言辞、さらに言うなれば詩と歌を苦手としているということです」

「いや、ケイゴーサ、ぼくも同じことを気にしていたのだ。だが、今はこうして精霊たちも来ているわけであるし、彼らの力を信じて、できる限りのことはやってみようじゃないか」

「ではソクラテス、あなたは、今現在霊魂となっているわけですし、精霊の力も借りやすいでしょう。ここは、あなたの方から、先に、かの宮殿に至るまでの道のりについて語ってはいただけないでしょうか?」

「少しやり込められた気はするが、反論の余地がないことも確かだ。ぼくの方からそれを語ることをしてみよう。しかし、その前にひとつだけ決めておかなければならないこともある。つまり、この宮殿の名前だ。確か、この宮殿はこのような宮殿であったと思う。

かの宮殿荘厳なること日月のごとく
愛智者の論じてやまぬは朝暮のごとし
かの宮殿見るも希有なら語るも難く
思えど暮らせど得難く尊し
善き人が求めて探して道を行けども
その道遠くて荷は重し」

「確かにそういった宮殿でした。それはともかく、早くもムーサがあなたの口に乗り移っているようですね。そして、私はその宮殿の名前を一つしか思い浮かべることができません。つまり、その宮殿の名前は、徳(virtue)に他ならないでしょう」

「ぼくもその名前が相応しいと思う。では、この徳の宮殿に至るまでの道のりを語ろうではないか」

ついつい自分でハードルを上げてしまった。が、「つづく」ということで