33.学問のすすめ 現代語訳 七編 第六〜九段落

第六段落

 今まで述べたように、人民も政府も互いにおのおのその分限を尽しているときは申し分のないことだけど、時には政府がその分限を越えて暴政の行われるときがある。そういった場合に人民の分として為すべきことは、ただ三カ条があるのみである。すなわち、我慢して(節を屈して)政府に従うか、力で政府に敵対するか、正しい理を守って身を捨てるか、この三カ条である。

第七段落

 第一 我慢して(節を屈して)政府に従うことは全くもってよろしくない。

 人たるものは、天の正道に従うことを職分としている。そうであるのに、その正しい気持ちを屈服させて(節を屈して)政府人造の悪法に従うことは、人たるの職分を破ることと言うべきである。かつ、一度節を屈して不正の法に従うときは、後世や子孫に悪い例を残すこととなり、結果として天下一般に弊害の気風を醸し出すことになる。

 昔から日本にも愚民の上に暴政府があって、政府が虚しい威勢をたくましくして人民はこれを身ぶるいして恐れていた。だから、政府の処置を見て、無理だろうとは思いながらも、政府に事の理非を明らかに述べてみると、必ずその怒りに触れて、あとあと役人などから苦しめれられるのであって、そのことを恐れて言うべきことも言う者がいなくなっていた。

 また、その後日の恐れと言うのが、俗に言う犬のフンでのかたきというものであって、人民はただひたすらにこの犬のフンを嫌がり、どんな無理でも政府の命令には従うべきものと心得て、世の中一般の気風を成し、遂に今日の浅ましい世の中になってしまった。すなわちこれは人民が節を屈して災いを後世に残した一例と言うべきである。

第八段落

 第二 力で政府に敵対することはとても一人の力ではできないから、必ず徒党を結ばなければならない。

 これは内乱の戦ということになる。決してこれを上策と言うことはできない。既に戦になって政府と敵対する時は、事の理非曲直はしばらく論じないで、ただ力の強弱だけの比較となってしまう。さらに、古今の内乱の歴史を見ると、人民の力は常に政府よりも弱いのが常である。

 また内乱を起こして、従来からその国に行われている政治の仕組みをいっぺんに覆すようなことは、そもそも論じるまでもなくできないことである。というのも、その政府がたとえいかなる暴政府であったとしても、少しは善政や良法というものがあってこそ、若干の年月でも政府であったからである。

 だから、ひと時の盛り上がりでこれを倒すことができたとしても、内乱と言うものは、暴を暴で代えて、愚を愚で代えるような話でしかない。また、内乱の原因を尋ねてみると、最初は人が不人情であることを憎んだことが原因で起こしたことなのである。だから、人間世界に内乱ほど不人情なものはない。

 内乱とは、世間での持ちつ持たれつの友だち付き合いを破ることはもちろん、甚だしいものでは、親子で殺し合い兄弟で敵対をして、家を焼いて人を殺し、その悪事は至らないものがないほどである。

 このような恐ろしい有様で人の心はさらに残忍となって、ほとんど獣と同じことをしながら、旧政府よりも良い政治をして、寛大な法を施し天下の人情を厚くしようとでも言うのか。これは不都合な考えと言うべきである。

第九段落

 第三 正しい理を守って身を棄てるとは、天の道理を信じて疑わず、いかなる暴政府のもとでいかなる過酷な法に苦しめられていても、その苦痛を忍んで自分の志を屈さず、兵器を一つも携えず片手の力も使わず、ただ正しい理を唱えて政府に迫ることである。

 今まで述べた三策のうちでも、この第三策が最上の上の策である。理で政府に迫るのなら、その時その国にある善政良法はこのために少しも害が加わることは無い。その正論が用いられることは、すぐにはないかもしれないけど、理のあることろは論によって明らかであるからには、天然の人の心がこれに服さないということはない。だから、今年行われないのならば来年それが行われるかもしれない。

 それに、力で敵対していると、一を得ようとして百を害してしまう可能性もあるけれど、理を唱えて政府に迫る者は、ただ除くべきことを除くばかりで他に害を生ずることが無い。その目的としているところは、政府の不正を止めることだけであるからには、政府の処置が正しくなるなら議論もまた無くなるというものである。

 また、力で政府に敵対すれば、政府は必ず怒りの気を生じ、自らその悪いところを直そうともしないばかりか、かえってさらに暴威を張って、むしろその非を成し遂げてしまうであろうけれども、静かに正しい理を唱えている者に対しては、たとえ暴政府と言ってもその役人もまた同国の人間であるから、いずれの日にかその正者が理を守って身を棄てているのを見て同情し憐れむ心を生ずるものである。既に他の人を憐れむ心が生ずるならば、自らの過ちを認めて必ず改心するのである。


まとめ
http://d.hatena.ne.jp/keigossa/20121007/1349584536

感想及び考察

■どこで聞いたか忘れた話なのだけど、この内容にとても似た話を昨日くらいから思い出しているのでそれをここに書きたいと思う。確かイギリスの話であったと思う。※細かい中身は今考えたので、適当ですが、話の趣旨だけ元話に沿っています。

ジェントルメンA「君は、昨今、国家を相手取って裁判沙汰をしているそうじゃないか」

ジェントルメンB「ああ、そうなんだ。仕事もろくにできやしないよ」

「費用も相当かかっているそうじゃないか。ぼくは君を心配しているんだ。聞けば、その裁判も、大したことではなくて、しかも、君がそのことではビタ一文も儲からない話らしいじゃないか」

「そうだ、君の言うとおりだ」

「なんでそんなことを裁判する必要があるんだ。国家を相手にして裁判している連中は、いつも賠償のことばかりで、税金をどうやってふんだくるかということばかりを考えている。だけど、君が紳士であることはよく知っているし、そんなことはしないと信じてはいたんだけど、今、君にこのことを質問して、どうして君がそんな裁判をしているのか、余計に分からなくなったよ」

「君の言うことはもっともだ。だけど、これはぼく自身のためにしている裁判じゃあないんだ」

「じゃあ、誰のためにしている裁判なんだい」

「それは、この国のみんなとぼくの子供たち、そして、この愛すべきグレートブリテンのためにしている裁判なんだ」

「それはどういう意味だい」

「今、ぼくがこの裁判を取り下げることは簡単なんだ。ぼく自身、この裁判で儲かることもなければ、続ければ続けただけ費用がかかる。そして、今ぼくが裁判を取り下げれば、ぼくはとりあえず楽になることができる。だけどそれでは駄目なんだ」

「どうしてだい、ぼくには取り下げた方が良いとしか思えないのだけど」

「もし、今ぼくがこの裁判を取り下げたら、少なくともこの裁判で争われていることが正しいのかどうかということが分からなくなってしまうじゃないか。だけど、ぼくがこの裁判を取り下げなければ、少なくともこの問題については前例(判例)ができて、これから皆は、このぼくの前例を手本として生活を送ることができる。そうすれば、この利益は、この愛すべきグレートブリテンにとって、とても大きなものとなるんじゃないだろうか」

「確かに君の言うとおりだ」

「ありがとう、君のように言ってくれる人が居てくれると、ぼくもとても心強いよ」

「礼には及ばないよ。それどころか、ぼくは、今から君のことを全面的に支援することを心の中で決めたのだ」

「ありがとう、君の支援は遠慮なく受けさせてもらうことにするよ」

二人はお互いの手と手をしっかりと握って、どんな困難があろうともこの裁判をやり抜くことを固く誓ったのであった。