学問のすすめ 要約 初編

要約を利用する方へ

こちらは、2014年7月下旬にkindleで発売した「学問のすすめ 読みやすい要約」のサンプルとなっております。初編だけこちらでご紹介しますので、気に入られた方は是非ご購入していただきたいと思います。文字量は原文の約半分となっております。

Google Playにも対応しました。(2014.8.20)


以下が本文サンプルです。

初編 学問をする理由とその社会的背景

◆はじめに◆
 これから、「学問のすすめ」を読み進めるわけですが、それにあたって重要なことがあります。それは、この「学問のすすめ」が書かれた時代が、明治維新の直後だったということです。

学問のすすめ」の中で、「今」とあるとき、それは今から百年以上も前のことなのです。この明治維新の直後の時代とは、坂本龍馬勝海舟西郷隆盛などが活躍した時代で、テレビドラマにもなっています。「今とはいろいろ違うことがある」ことを頭の片隅に置いて、本編を読み進めてください。


《学問をするべき理由》
第一段落(1)(2) (※(1)(2)などは青空文庫に対応した場合の段落番号です。)
「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」という言葉があります。その言葉どおりならば、わたしたちは、みな同じ人ということになり、仕事や身分に違いが出るはずがありません。それなのに、実際には地位や身分の違いがあるのはどうしてでしょうか。

 そのように考えて、世の中をよく観察してみると、地位や身分の高い人は、みんなその地位にふさわしい仕事をしているものです。さらにしっかり観察してみると、その仕事をしている人たちは、自分がやっているその仕事のことをよく知っているものです。

 何かをよく知るためには、勉強や努力は欠かせません。ある仕事をするためには、その仕事をよく知るために、必ず学問をしなければならないのです。※ここまでが(1)

 こういったわけですから、人の違いは、生まれつきにあるのでなくて、「学問に励んだのか」、それとも、「学問に励まなかったのか」、にあるのだということが分かります。(2)


第二段落(3)(4)(5)
 このように、学問は誰の役にも立つものです。

 しかし、今の時代、学問に没頭しているのに世間渡りが下手という人は多くいます。そうゆう人を見て、子供が学問に励むのを心配する親も居るほどです。

 でも、学問をしなければ仕事や世間渡りはできないはずです。やるべき学問とそうでない学問があるから、こういった一見不可解なことが起こるのです。(3)

 ならば、どんな学問をしたらいいのでしょうか。答えを一言で言ってしまえば、役に立つ学問をやるべきです。

 では、役に立つ学問とは何でしょうか。それは、読み書き算盤に始まり、さらに進んで地理学、語学、物理学、化学、歴史学、経済学、修身学などの学問です。(4)

 これらの学問を身に付けると、物の道理というものが分かって、デタラメなことをして失敗することもなくなりますし、多くの用事を効率よく済ますこともできるでしょう。もしも、みんながこういった「実学」を修めれば、まずその人自身が独立することができ、果ては天下国家も独立することができます。(5)


《学問と自由》
第三段落(6)(7)(8)(9)
 しかし、学問に励むためには、まず、「分限」というものについて知っていなければなりません。なぜなら、分限をわきまえずに「人は自由だ」と思い通りに行動していれば、それは、ただのワガママ勝手になってしまうからです。

 天の道理に基づいて自然な情に従うことも大事ですが、人に迷惑をかけないことはもっと大事です。人に迷惑をかけないで、やりたいことをやること、それが本当の自由なのです。(6)

 この自由とそれに伴った独立は、国家という組織にも関係していることです。

 日本人も外国人も、どちらも同じ人だからです。ですから、日本は、もう鎖国にこだわっていてはなりません。ここは、外国と敵対しあうのではなく、お互いのことを認めて、善いことは善い、悪いことは悪い、とすることこそ重要なのです。(7)

 それなのに、支那人(中国人)は、外国人を見ると「夷狄(いてき)だ。夷狄だ。」と、外国人をむやみに馬鹿にするだけで相手にしません。その結果、逆にその夷狄に苦しめられています。これこそ分限を知らないワガママ勝手のいい例と言えるでしょう。

 しかし一方で、われら日本は、自由と独立を主旨として、国を立て直したのです。(8)

 ならば、日本には生まれながらの身分などもうありません。ただ、生まれついた家の財産と、その人の能力や人格だけが、その人の身分を決めるようになったのです。

幕府の時代には、強い力を背景にして人の自由を妨げるような卑怯なやり方がたくさんありました。けれど、それももうないのです。

 もし、政府がおかしいことをしているならば、しっかりと筋道を通した上で、そのことについて政府と議論しなければなりません。それも、一国の国民たる者の分限なのです。(9)


《学問と日本》
第四段落(10)(11)(12)
 今まで申しましたように、天の道理に基づけば、人も国も平等に自由なのです。こちらの自由を害するものがあるのなら、恐れず立ち向かわなければなりません。

 けれど、自分が弱ければ立ち向かうことはできません。自由を守るためには、それに見合った能力と人格が必要なのです。そして、能力と人格を身に付けるためには、学問をしなければならないのです。(10)

 また、最近の社会情勢では、農工商の三身分だった人たちの地位が格段に向上しました。

 この人たちの身分は高くなったのですから、乱暴や一揆などの卑劣なことは、もうやめなければなりません。しっかりと学問をして、無知文盲から離れ、知恵をつけて恥を知らなければならないのです。無知文盲で恥知らずな人は、法を破る人や、遊び呆けの人になってしまいます。(11)

 こういった人が増えてしまうと、政府もこの人たちを諭し教えることができず、暴力で脅すしかなくなってしまうのです。

 暴力で人を脅す政府は暴政府です。だから結局、暴政府は、他ならぬ無知文盲の人民が作り上げるのです。

 それなら、われわれ人民がしっかりと学問をして、良い政府にしようではないですか。そして、国を発展させようではないですか。

 国のことを想い、国の発展を願い、良い政府を望むのならば、人民一人一人がしっかりと学問をして、本当の国民とならなければならないのです。わたし福沢が勧める学問とは、こういった主旨のものであります。(12)


端書

 この「学問のすすめ・初編」は、故郷の開校祝いとして書いたものです。しかし、それを見たある人が、「広く世間の人にも読んでもらうべきだ。」と出版することを勧めて下さいました。そこで、今回、これを本として出版することとなりました。
福沢諭吉・小幡篤次郎 記


◆解説◆
 福沢諭吉の勧めた学問が、どんなものだったのか。福沢諭吉はどうして学問を勧めたのか。「学問のすすめ」が書かれた時代はどんな時代だったのか。それらのことはなんとなく分かったでしょうか。

 分かった方も分からなかった方もいらっしゃると思います。

 けれど、もし分からなかったとしても心配する必要はありません。これから先、「学問のすすめ」では、ここに書かれていたことがさらに詳しく説明されています。どうぞみなさん、安心して次に進んでいただきたいと思います。


◎復習問題◎
Q1.人は同じであるはずなのに、どうして違いがあるのでしょうか?

Q2.「分限」を越えないとは、具体的にどういったことでしょうか?

Q3.無知文盲の人が増えると、政府はどうなってしまうでしょうか?



二編以降は下にある電子書籍版(有料)に収録されています。

合本学問之勧序
初編 学問をする理由とその社会的背景
二編 人は同等なること
三編 国の独立と人民の独立
四編 今、学者がやるべきこと
五編 明治七年一月一日、慶應義塾での言葉
六編 国の法は貴いものである
七編 国民の職分
八編 自分の思いだけで他人を思い通りにしてはならない
九編 学問の目的を二つに分けて故郷の友に送る
十編 前編の続き
十一編 名分によって偽君子が生まれる
十二編 「演説」と「品行」
十三篇 怨望は人間に害がある
十四編 「心事の棚卸し」と「世話の意味」
十五編 何事も疑って取捨を判断すること
十六編 「独立」と「心事と働き」
十七編 人望について

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まとめ
http://d.hatena.ne.jp/keigossa/20121007/1349584536