11.学問のすすめ 現代語訳 二編 第五・六段落

二編 第五段落

 このような悪い風習ができた理由を考えてみると、その根本は、人間は同等であるという大事な基本を誤って、貧富強弱と言った有様を悪い道具に使い、政府や富強という勢いでもって貧弱な人民の権利通義というものを妨げているということになるのである。

 だから、人というものは、常に同位同等であるという基本的なことを忘れてはならない。これは人間の世界で最も大切なことである。英語ではこれを「レシプロシチ(reciprocity)」または「エクウヲリチ(equality)」と言う。すなわち、初編のはじめで言った万人同じ位とはことことである。

二編 第六段落

 今までの述べてきたことは、百姓町人に一方的に味方して、思うがままに勢いを張れというような議論であるけれど、また一方から言えば、別に論ずべきことがある。と言うのも、おおよそ人を取り扱うには、その相手の人物次第であって、自ずからその相手に応じた加減というものがあるからである。

 元来、人民と政府との間柄は、もと同一のものであるが、職分だけは区別されていて、政府は人民の代理として法を施し、人民は必ずこの法を守らなければならないと、固く約束をしているものである。

 例えば今、日本国中で明治の年号を認めている人は、今の政府の法に従うおうと条約を結んでいる国民である。だから一度国法と定められたことが、もし仮に、ある国民一人にとって不便であったとしても、これを改革するということまでには至らない。小心翼翼謹んで法を守らなければならない。これが即ち人民の職分であるからである。

 そうであるのに、無学文盲、理非の理の字も知らず、身についている芸当と言えば、食うことと寝ること起きることだけで、そのように無学であるのに欲は深くて、目の前の人を欺いては巧みに政府の法を逃れ、国法の何ものたるかをも知らず、自分の職分と言うものすら知らず、子は産むけれどもその子を教える道をも知らず、いわゆる恥も法も知らない馬鹿者で、その子孫が繁栄すると国益となるどころか、かえって害をなすような人もいないことはない。

 このような馬鹿者を取り扱うのに、とても道理で説得するということはできなくて、不本意ではあるけれども力を使い脅して、ひと時の大きな害を鎮めるより他に、方便(手だて)がないのである。これが即ち暴政府というものが世間にある理由である。これは日本の旧幕府だけでなくて、アジア諸国において古来から皆そのようなものである。

 ということは、一国の暴政府は、必ずしも暴君や暴吏(ひどい役人)によるものではなく、実は人民の無智でもって自ら招いている禍(わざわい)であるのだ。たとえば、他人にけしかけられて暗殺を企てる者もあり、新しい法を誤解して一揆をする者もあり、強訴(自分の訴えは正しいが受け入れられないとして徒党を組んで暴力に訴えること)であると言って金持ちの家に押し入り酒を飲んで金を盗む者もいる。こういった行動はとても人間の所業とは思われない。

 このような賊民を取り扱うのは、釈迦や孔子といえども名案がないのは必定、是非とも厳しい政治を行おうということになる。だからこのように言う、人民がもしも暴政を避けようと思うのならば、すみやかに学問に志して自分の才徳を高くし、政府と相対して同位同等の地位に登らなければならない。これがすなわち、われわれの勧めている学問の要点である。

(明治六年十一月出版)


まとめ
http://d.hatena.ne.jp/keigossa/20121007/1349584536


感想及び考察

■冒頭の英語の仮名表示には、「プッ」と吹いた人もいるのではないかと思う。この後にも英語の仮名表示が出てくるのだけど、なかなかおもしろいのでこうご期待頂きたい。歴史的に考察するならば、多くの外来語が入ってきて、例えば「ティ」とか「ウィ」とか言った日本語には本来ないはずの発音を含む外来語が増え、それに伴ってこういった表現もできてきたのだろうと思う。「ディズニーランド」を「デズニーランド」と言う人がいるのは、まあ、こういった日本の歴史の必定だろう。あと、「スティッチ」を「ステッチ」とか… 


要約

第五段落
 そうであるのに、強弱の有様によって先に述べたような悪風俗があったのは、人間世界に最も大切である「同位同等」(平等な基本的人権をお互いに有していること)の旨を無視していたからである。

第六段落
 このように議論を進めると、いかにも政府が悪くて人民は悪くないと言うようでもあるが、それは違う。政府としても、無学文盲、理非の理の字も知らないくせに、欲だけは深くて巧みに人を欺いては法をかいくぐるような輩を取り締まるのには、暴政府となるより仕方がないのである。そうであるならば、我ら人民は、暴政府の禍(わざわい)を受けないためにも、学問をすることで、政府と同位同等に位置に登らなければならない。