58.学問のすすめ 現代語訳 十四編 第四〜六段落

第四段落

 また、世間で事を企てている人の言っていることを聞いてみると、生涯のうちかまたは十年のうちにこれを成すと言う人が最も多くて、三年の内とか一年の内にと言う人はやや少なく、一月のうちとか今日このことを企てて今まさにこれを行うと言う者はほとんどまれである。そして、十年前に企てたことを今既に成し終えたというような人は、私はまだ見たことがない。

 このように起源の長い未来をを言うときには、たいそうな事を企てているようではあるけれども、その期限がどんどんと近くなって今月今日と迫るに従い、明らかにその企ての次第を言えなくなってしまうようなことは、つまるところ事を企てるに当たって時間の長短を勘定に入れていないことから生ずる不都合である。

第五段落

 このような論理で、人生の有様は徳義の事についても思いのほかに悪事をして、智恵のことについても思いのほかに愚かしいことをして、思っているよりも事業を遂げることができないものである。

 この不都合を防ぐための方法は様々あるのだけれども、今ここに人があまり気付かないことが一つある。それとは、事業の成否得失について、時々自分の胸の中で差し引きの勘定を立てることである。商売で言うならば、棚卸の総勘定のようなものである。

第六段落

 だいたい、商売をするにあたって、最初から損や破産を企てる者などいない。まず自分の才力と元金とを考えて、世間の景気を観察して事を始め、いろいろな場合の変化に応じて、その目論見が当たったり外れたりして、この仕入れでは損をして、あの売りさばきでは得をして、一年か一か月の終わりに総勘定をするときには、見込みの通りに行われている時もあり、大いに違っている時もある。

 あわただしく売買をしているときにはこの商品については必ず利益があると思っていても、棚卸をしてみたときの損益平均の表を見てみると、案外と損をしているときもあり、仕入れの時は商品が不足していると思っていたのに、棚卸のときに在庫を確認して見れば、売りさばくのに案外と多くの時間を費やしていて、かえって多すぎるということもある。だから、商売で最も緊要であることは、平生からの帳簿確認を精密にして、棚卸で確認する時期を間違えないようにするというこの一事である。


まとめ
http://d.hatena.ne.jp/keigossa/20121007/1349584536


感想及び考察

■普段から、自分の目標と自分自身を対比することは重要であろう。例えば、体重を減らすダイエットなどは、ただ毎日体重を測るだけでも効果があると言う。つまり、ダイエットのことを毎日意識していれば、それが習慣となり、その習慣から想起される意識が、普段の生活でも無意識的に働くようになり、何か食べようと思った時にそれを我慢させるのである。

■あと、棚卸で最も重要なことは、「悪い部分を隠蔽しないこと」である。バブルが崩壊した時、絶対につぶれないと言われていた長銀山一証券が倒産した。この二企業が倒産した一番の理由は、「不良債権を隠蔽したこと」だったらしい。嘘をつくことも、この隠蔽に相当する。つぎはぎの嘘や、隠蔽、誤魔化し、その場しのぎというものは、悪いところを蓄積するだけの、最も悪い習慣である。これを積み上げることは、例えるなら、う●この入ったおわんにの中に、茶色い水を入れてそれを隠すようなものだ。おわんの中にその茶色い水がいっぱいになってあふれた時、一体何が起こるのか、また、そのおわんが何かの拍子に食卓の上に登ってしまい、しかもこぼれてしまったり、誰かが手を付けた時、一体何が起こるのか。隠蔽とか、その場しのぎとか、ごまかしとか、嘘は、要はこういったものである。「失敗は成功のもと」ということわざがあるけれど、この言葉の一番肝要なことは、「失敗を失敗と認めること」から始まる。この一番大事な精神を忘れてはならない。失敗とか自分の悪いところを、よく見て観察することは大半の人にとって苦痛である。しかし、その苦痛を乗り越えた先にしか、得るものはないのである。