ソークラテースの思い出を読んでいて5 知識と知恵

 ソークラテースの思い出の第四巻の2篇は、多くの本を集めている秀才、エウテュデーモスという若者を、ソクラテスが自分の友としようとする場面である。ソクラテスには、弟子というものはいなくて、彼のまわりに居たのは、「勝手についてくる友」であったらしい。しかし、彼のまわりに居た人は、ソクラテスの賢明さから何かを学ぼうと、彼を「師」と思っていたのだと思う。

 この記述によると、ソクラテスは段階を踏んで、エウテュデーモスを説得している。ちなみに、説得とは「誰かを善に導くこと」と私は思っている。誰かを間違ったことに向ける説得のことは、「洗脳」と呼ばれるべきであると思う。このことについては後に明らかになると思う。また、有為の若者を説得しないことは、とても智者の態度として認められるものではないと思う。

 ここでは、そのエウテュデーモスへの最後の説得(彼はこの説得の後、ソクラテスのそばを離れず、彼を模倣するようになったらしいのだが)の時と同じような理論展開の問答法を用いて、智恵と知識について探求しようと思う。


 ソクラテスは、あるとき、ケイゴーサが知識と知恵の違いを知っていると聞いて、早速彼のところに向かった。

「やあ」ソクラテスは言った。「君は、知識と知恵の違いについて知っているそうじゃないか。その君の知っていることは、人にとってとても重要なことと思う。そこで、是非、そのことを教えてもらいたいのだが。」

「いかにも」ケイゴーサは言った。「私は、知識と知恵の違いについて知っています。まさか、知恵があると高名なあなたから、そのような質問をされるとは思っていませんでした。」

「では、もしも、君が、知識と知恵の違いを知っているのなら、君は、これは知識であり、これは知恵であると、わけることができるわけだ。」

「もちろんですとも、知識と知恵の違いを知っているのだから、それは簡単にできるでしょう。」

「じゃあ、こっちに『識』と書いて知識を、こっちに『恵』と書いて知恵を、それぞれ入れて、表を作ろうじゃないか」

「いいですとも」

「では、知っていること、これはどちらの項目に入るだろう」

「それは知識と言われます」

「よし、じゃあ、次は、なんらかの詩集を読んで記憶していること、これは?」

「それも知識と言われます」

「正しく知ろうとすること」

「それは知恵です」

「では、なんらかの詩集を読んで、それが善いか悪いか判断すること」

「それも知恵と言われます」

「わかった。君は、記憶したことを知識と呼んで、正しくしようとすることや正しいことを判断しようとすることを知恵と呼んでいるわけだ。ところで、智恵とは、美にして善なるものだろうか、それともそうでないのだろうか。」

「知恵は、美にして善なるものに他ありません。というか、美にして善なるものに導くものこそ知恵なのです。」

「では、知識は時として、醜にして悪であるときもあるのだろうか。」

「そういった可能性も多いにあります。だからこそ知恵が必要なのです。」

「ところで君は、『善き人には善きことを教えられむ。悪しき人と交わらば今ある知恵も亡ぶべし』という詩を知っているだろうか。」

「知っています。『ソークラテースの思い出』という本にもそれが書かれていますね。」

「この言葉は、知っているだけで、つまり、君の言う知識として持っているだけでも、十分に人を美にして善に導くと思うのだがどうだろうか」

「そういった可能性は大いにあります。」

「では、さっきの表を作り変えないとならなくなる。」

「本当だ。さっきの項目について、詩の善いものを知る場合と、ただ単に詩を知ることとわけて、表を作り変えてもいいでしょうか。」

「もちろんだとも、その方が間違った表を作るよりはるかにいい。じゃあ、気を取りなおして表の続きを作ろうじゃないか。」

「いいですとも」

「正しく知ろうとすることを知っていること、これはどちらの項目に入れるべきだろう。」

「それは知っていることなので、知識の項目に入ります。しかし、今の詩の話で、それは知恵の方に入れられるべきような気がしてきました。保留してもいいですか。」

「いいとも、それでは、なんらかの詩集を読んで、それが善いか悪いか判断しなければならないと知っていること。これは?」

「ああ、もう分からなくなってきました。私は、知識と知恵の違いについて、知っていると思っていただけのような気がして来ました。しばらく黙っていても良いでしょうか?」

「いいとも」

 ケイゴーサは、そのまま考え込んでしまって、何も言えなくなってしまった。そうして、本棚にある本をいろいろと読みだした。

「また、君と話をしたいのだけど、今度は君の方からぼくのところへ来てくれるかね。」しばらくしてからソクラテスはそう言って、ケイゴーサの家から出て行った。

次につづく