193.荀子 現代語訳 大略第二十七 四十五〜五十二

四十五
 湯王は日照りとなったときに祈りを捧げながらこう言った。「政治が整っていないのか、民衆を苦しめているのか、どうしてこれほどまでに雨が降らないのか。宮殿を立派にしすぎたのか、女遊びをしすぎているのか、どうしてこれほどまでに雨が降らないのか。賄賂が行われているのか、でっち上げの悪口を言う人間が居るのか、どうしてこれほどまでに雨が降らないのか」

四十六
 天が民衆を生んだのは君主のためにそうしたのではない。天が君主を立てた理由こそが民衆のためであるのだ。だから、昔から領地を作って国を建てたのは、何も諸侯を貴い存在にするためではない。また、官職を作って爵祿を分けた理由は、何も大臣を尊い存在にするためではない。

四十七
 君主の道とは人を知ることであり、臣下の道とは事業を知ることである。だから、舜が天下を治めると、事業については何も語らなかったが、それでも万物が醸成された。

四十八
 農夫は田んぼのことに詳しいけれど、田んぼのことを教える先生をできるわけではない。職人のことや商売のこともこれと同様である。

四十九
 賢者を抜擢して不肖の人に交代させるならば、占いをしてから吉(得ることがある)を知るようなこととは違い、予測するまでもなくそれが吉事であることが分かる。治によって乱を伐てば、戦争をしてから勝ちを知るようなこととは違い、予測するまでもなく既に勝っている。

五十
 斉の人が魯を征服しようとしたとき、卞荘子の勇名を忌み嫌って卞の町を通過しなかった。晋の人が衛を整復しようとしたとき、子路を畏れて敢えて浦の地を通過しなかった。

五十一
 知らないことがあったら、堯や舜に問うて、そこに無ければ天府にそれを求める。別の人が言った。先王の道は堯舜のみ。六芸の広いことは天府のみ。

五十二
 君子の学問は抜け殻のように翻って変遷するものである。だから、どこの道に進んでも効い、立つときにも効い、座るときに効い、顔色を変えることにも辞意を出すのにも効う。善を身の内だけに留めることはなく、疑問を自分に留めたままにしておくこともない。
 善く学ぶ者はその理を尽くし、善く行うものはその難しいことさえ極める。
 君子が志を立てるとあたかも追い詰められたかのようである。天子の三公から何かを問われてたとしても正しいことと、ものごとの是非に従って答える。
 君子は逼迫しても失うことがない。疲れて飽きてきたとしてもいい加減にすることがない。患難に望んでも平生の言葉を忘れない。一年という時の流れの中で、寒くなることがなかったら、松や柏のことは分からず、事業が難しいものでなかったら、君子であるかどうかを知ることはできない。君子は一日も君子であることから離れる日がない。


まとめ
http://d.hatena.ne.jp/keigossa/20130104/1357283885


解説及び感想

■四十五について、これにそっくりな記述が原子仏典にもある。どの経典だったかは思い出せないが、仏典だと、貧乏な農夫が雨乞いをする記述となっている。昔の人にとって、雨が降るか降らないかは死活問題であった。だから、王であっても、未知なる天気のことについては、祈るしかなかった。しかるに、現在は水には殆ど困らない。人間が傲慢になるのも仕方なかろう。