191.荀子 現代語訳 大略第二十七 三十五〜四十一

三十五
 天下には、国ごとに立派な士が居て、またどの世代にも賢人はいる。それなのに、迷う者がいるのは、道を尋ねることをしないからであるし、溺れる者が居るのは、どこが浅瀬なのか問わないからである。亡んでしまう国の人は、独力を好む。詩経 大雅・板篇に「私の言葉に従うのだ 笑いものにはするな 昔の人は 木こりにでも問えと言った」とあるのは、広く問わなければならないことを言ったものである。

三十六
 法のある者は法によって行い、法のない者は共感作用で判断して行う。物事の根本を知ることができて末事を知ることができ、左によって右を知る。百の凡事はその考える道筋は異なっているけれども、どちらもこれらのことを守っているのである。賞罰も共感されるものであってこそ相応のものであり、政治や教育もお互いに善で和することができて、そうしてから行われる。

三十七
 八十の人が居る家では一人が国家に駆り出されることがなく、九十の人が居る家では一家全員が国家への労働奉仕を免除される。
 父母の喪は三年の免除があり、祖父母や兄弟の喪では三ヶ月の免除がある。
 他国から引っ越した時と、新婚の時は一年間免除される。

三十八
 先生が言った。子家クは大夫を立派に務めた人であるが、晏子には及ばない。晏子は功用の臣といえるけど、子産には及ばない。子産は恵人であるが管仲に及ばない。管仲は功績のことばかりに気を取られて、義のことに力を入れなかったし、智のことに力を入れたが、仁に力入れなかった。これでは野蛮な人である。天子の大夫とはなれない。

三十九
 孟子は、三度に渡って宣王に謁見したが何も言わなかった。弟子が「どうして三度も謁見したのに何も言わなかったのですか」と尋ねると、「私はまず王の邪な心を攻めたのだ」と答えた。

四十
 公行子之が燕に行こうとしたとき、道で曾子の息子である曾元と道で出会った。そこで「燕の君主はどうですか」と尋ねてみると、「志が卑しい。志が卑しい人は、物事をなんでも軽んじる。物事をなんでも軽んじる人は助けを求めることがない。かりにも助けを求める気がないのに、どうして賢者を抜擢することができましょうか」と答えた。

四十一
 騎馬民族たちの捕虜は、今現在捕虜となっていることを憂えないで、死後に火葬されないことを憂える。目先の小さい利益のために国家を滅ぼすような大害をもたらしながら、それでも目先の利益のために行動するのならば、どうして計ることを知っているとすることができるだろうか。今、針を失ってしまった人が、一日中探しても針を見つけることができなかったとする。それが見つかった時、目が良くなるわけではない。それはただ、目を凝らして熱心に探した結果なのである。心における慮りもこれと同じことである。


まとめ
http://d.hatena.ne.jp/keigossa/20130104/1357283885


解説及び感想

■三十六の共感作用は、原文では類である。類は、「重要な規則とそれに付随した周辺規則」という類推というような意味で概ね訳されている。しかし、私はこれを人の共感作用と訳している。ここでは私の訳の方がしっくり来る文であった。