189.荀子 現代語訳 大略第二十七 二十二〜二十七

二十ニ
 地面と平行な位置まで頭を下げるのを拝と言って、それよりも下げるのを稽首と言い、地に付けるのを稽ソウと言う。

 「大臣の家臣が拝することはあっても、稽首することはない」とは、家臣を尊くするわけでなく、大臣が仕えている君主を避けるからである。

 一命を受けて下大夫となっても郷里では年齢に従って席順に並ぶ、二命を受けて中大夫となったら親戚の集まる場では年齢に従って席順に並ぶ、三命を受けて上大夫となったらもはや年齢は関係なく皆がこの人に上座譲る。これが、上大夫、中大夫、下大夫である。

 吉事では尊ばれるべき人を上座にして、喪事では親しい者から上座となる。

 君主と臣下の関係も聖人の礼に従わなければ尊いものとは言えず、父と子の関係も礼がなければ親しむことはできず、兄弟の関係も礼がなければ善で同ずることができず、夫婦の関係も礼がなければ喜ばしいものとはならない。礼があれば、若者は成長し、高齢者も養われる。だから「天地自然が万物を生んで聖人が万物を完成する」と言うのだ。

 聘とは問うことである。享とは献じることである。私覿とは個人的に会うことである。

 言葉の美しさは控えめでありながら品があることであり、朝廷の美しさとはすべてが揃っていながらきっちりと整えてられていることである。

 人の臣下たる者は、君主を諌めるということがあっても、謗るということはなく、君主から逃げることはあっても病気のように扱うことはなく、怨むことはあっても怒ることはない。

 君主が大夫に接する場合は、三度の見舞いに行って喪の儀式にも三度出席するが、士の場合は、一度だけ見舞いに行って一度だけ喪の儀式に参加する。諸侯の君主は、見舞いの場合か喪の儀式の場合以外には臣下の家へ行くことがない。

 父親の葬儀が終わって喪礼にあるとき、君主か父親の友が食事を勧めた場合はそれを食べても良い。肉のごちそうは食べても良いのだが、酒を飲んではならない。

 寝室を祭壇よりも立派な建物にせず、部屋着を儀式のときの着物より立派なものとしないのは、礼である。

二十三
 易経の咸卦は夫婦のことを現している。夫婦の道は正さなければならない。君臣親子の根本だからである。咸とは感のことである。高いものをもってして低いものより下り、男であって女に下り、柔が上で剛が下であるからである。

二十四
 在野の士に君主が何かを問うときに用いる聘礼の義と、婚礼で新郎が新婦を迎えに行く親迎の道は、どちらも同じく始めを重んじるものである。
 礼というものは人の踏み行う道である。踏むべき道を誤れば必ずつまづき転んで溺れてしまうことになる。礼とは、ほんの少しの失敗でも、大きな乱れを招いてしまうものなのだ。
 礼が国家を正すことは、例えば天秤で重いものと軽いものを分けるようなことであり、定規で曲がっているのか真っ直ぐなのか確かめるようなことである。だから、人に礼がなければ生きることはできず、事に礼がないのなら完成することがなく、国家に礼がなければ安寧はない。

二十五
 腰につけている鈴の音が、歩くときは武象の楽曲のリズムに合って、走るときはショウ護の楽曲のリズムに合致するのは、君子が音律を聴いて自分の姿を想像し、そうしてからそれを行動に写しているからである。

二十六
 霜が降りてから妻を迎えて、氷が溶けたら結婚はやめるようにする。農事に差し支えがあるからだ。夫婦の営みは十日に一度のことである。

二十七
 父が座っているとき、子は父の膝を見るようにし、立つときは足を見るようにし、応対して話をするときは顔を見る。
 君主の前では、立つときは2メートルほど前の地面を見るようにして、最も遠くを見たとしても六倍の10メートル先を越えることがないようにする。


まとめ
http://d.hatena.ne.jp/keigossa/20130104/1357283885


解説及び感想

■二十二に、君主に仕えるとき、「怨むことはあっても怒ることはない」とあるが、荀子の仲尼第七には、「君主が自分を損なって退けるようなら、恐れおののいて怨まないようにする」
とある。また論語堯曰第二十にも「労して怨みず」とある。後学の挿入が甚だしい篇であることがよくわかる。