147.荀子 現代語訳 禮論第十九 十二章

十二章

 喪禮とは、生者によって死者を飾るものである。だから、大いに生きていることにかたどることによってその死を送るのである。だから、死んでいるかのようであり、生きているかのようであり、存在しているかのようであり、亡くなっているかのようであって、始終が一貫している。

 亡くなって間もなくの時、髪を洗い体を洗い髪を束ねて様子を整え口にものを含ませるのは、生きている時にかたどるのである。洗髪しない場合は、濡れた櫛で三回だけ髪をといでやめて、体を洗わないときは濡れた布で三回だけ体をぬぐう。

 耳をふさいで綿を詰め、口に入れるのは生米で、口に含ませるものが貝であるのは、生きているときのものとは違うものである。肌着をつけて衣を三そろい着た上に、太帯はつけるのだけど小帯でそれをしっかりと締めず、顔覆いと目隠しを付けるのだが冠とその留め金は付けない。

 死者の名を旗に記してそれを木で作ったかたしろに立てかけるのは、誰なのかが分からず棺桶ばかりが明らかに見えるからである。

 並べる祭器については、冠は冠巻きがあるが髪を包む紙がなく、水瓶などの中には何も入れず、竹のむしろはあっても床とすのこ(ベッド)はなく、木の器は彫刻を彫らず、陶器は完成していなくて実用することはできず、竹細工や葦細工も使えるようなものではない、楽器は並べられても演奏されず、琴は弦が張ってあっても調子を整えず、死者を墓まで乗せた車は墓に入れるのだが馬は入れない、こういったようなことは、もう実際には使わないということを示している。

 生きている人が使うような道具を墓に運んで行くのは、引っ越しする時の道行の儀礼をかたどっているからである。しかし、それを省略して全てを行わず、見た目は同じでも実用に耐えない、死者を運んだ車を墓に埋葬しながら、車と馬との連結や手綱を墓に入れないのは、もう実際に使われることがないのを明らかにするためである。生者の引越しにかたどりながらも、もう実際に使われないことを明らかにする。これは哀悼の意を重ねているからである。だから、生者が使うような道具を飾ってもそれは役に立たず、死者のための道具は形は同じでも実用には耐えない。

 そもそも、禮とは、生者に仕えるのには歓喜を飾って、死者を送るのには哀悼を飾り、祭祀(先祖や鬼神)するのには敬(大事にして敬うこと)を飾り、軍事にはその威光を飾る。これは百王で同じことであって今と昔で変わらないことだけど、それがどこから由来しているのかは誰も知らないのである。

 墓に穴を掘って土を盛り上げるのその形は家にかたどるのであり、棺桶の形は車の造りにかたどるのであり、棺桶にいれる覆い布やしきり布はついたてやカーテンにかたどるのであり、墓穴の中に木組みを作るのは屋根と垣根にかたどるのである、だから、喪禮に他事はない。つまり、死と生の義を明らかにして、死を送るのに哀悼と敬意により、そうして最後には埋葬するのである。

 こういったわけであるから、埋葬は遺骸を慎重に扱って埋葬し、儀式は敬いの心を忘れずその死者の精神に仕え、その家系図や子孫は敬心で死者の名を伝えるのである。生に仕えるには始めを飾るのであり、死を送るのは終わりを飾るのである。このように、始終が備わって、初めて孝子となり聖人の道も備わる。

 死をないがしろにして生を手厚くするのなら薄情であり、生をないがしろにして死を手厚くするのならこれは惑いであり、生を殺してでも死を送るのであればこれは賊である。だから、大いにその生にかたどりながらもその死を送り、死生始終を天秤にかけてうまくつり合いをとること、これが禮義の方式であり、儒者はそのようにうまくつり合わせるのである。


まとめ
http://d.hatena.ne.jp/keigossa/20130104/1357283885


解説及び感想

■読むだけには面白いが、現代語訳が進まない。具体的な儀式の事については、まず一つ目に、現代ではすっかりなくなった風習(冠を付けるとか、馬車が移動手段であるとか)がある。二つ目、またそのことによって書かれていることを想像できない。三つ目、当然、漢字もそれ専用の漢字ばかりで見たことがない。という理由によって、現代語訳が随分億劫な作業になってしまう。▼ただ、現代でも通じることはあって、そういった部分を読むと興味深い。何度も葬式に出たことがある人は、これらの文章のうちでも「現代と同じところが結構ある」と思われる方がいらっしゃると思う。