137.荀子 現代語訳 正論第十八 第三・四章

三章

 世間で論説を展開している者の中には、治まっていた古の時代は肉刑(実際の体罰)はなくて、象刑(体罰をかたどった刑罰)しかなかったと言う。刺青の刑では、ただ黒い布を被るだけであったし、はなそぎの刑では冠の紐をさらし布にするだけであったし、宮刑(男性の性器を切る刑)ではひざかけを青白くするだけであったし、足切りの刑では靴を麻にして、死刑では服をふちどりのない赤い服にしただけである。治まっていた古の世ではこのようであったのだと。

 これはそうではない。これで治まっていたと言えるのか。そもそも、人が罪を犯すことがなくて肉刑が行われることがなかったのだ、どうして象刑を用いる必要があったろうか。それとも人は罪を犯していたけど、刑罰だけは軽くなっていたとでも言うのか。もしそうであったとしたら、人を殺した者でも死刑になることはなく、人を傷つけた者でも刑罰を受けないことになる。罪は至って重いのに、刑罰は至って軽いということであったら、凡庸な人は悪を憎むことを知らないことになり、乱れることこれより大きいことはない。

 そもそも、人に刑罰を加える本と言うものは、乱暴を禁じて悪事を憎み、その上で未来の戒めとしようというものである。人を殺した者でも死ぬことがなくて、人を傷つけた者でも刑罰を受けないのなら、これを乱暴に恵んで賊に寛大であると言って、悪を憎むことにはならない。だから、象刑は、ほとんど治まっていた古の世で起こったのでなくて、むしろ最近になってできたものである。

 治まっていた古では、象刑などなかった。そもそも、爵列官職賞慶刑罰は皆な報いであって、同類が相応じてやってくるものである。一つでもつり合いを失するのならば、それは乱れの発端というものである。徳が位とつり合わず、能力が役所に釣り合わず、賞が功績に当たらず、罰が罪に当たらないということは、不祥であることこれより大なることはない。

 昔、武王は、殷を伐って紂王を誅殺して、その首をはねてこれを赤い旗に掲げた。その乱暴を制して悪事を誅することは治の盛りである。人を殺した者は死んで、人を傷受けた者は刑罰を受けることは、百王で同じことであって、その由来を誰も知らないことのほどである。刑罰が罪と釣り合っているのなら治まり、罪とのつり合わなければ乱れることとなる。

 この故に、世が治まっているときこそ刑罰は重くて、乱れれば刑罰は軽くなるのである。世が治まっているときに犯した罪はそもそも重くて、乱れた世で犯した罪はそもそも軽い。書経・呂刑篇に「刑罰は世に軽くて世に重い」とはこのことを言ったのである。

四章

 世間で論説を展開している者の中には、湯王と武王とは禁令することができなかったと言って、それはどうしてかと問うてみれば、楚や越はその制度を受けていなかったからだ、と言う者がいる。

 これはそうではない。湯王や武王とは至って天下に善く禁令をした者である。湯王はハクの治に居て武王はコウの地居て、それらは百里の地であったけれども、天下は一つとなって諸侯は臣下となって、通達の類には皆な振動従服してこれに化順されないということはなかった。おうして、楚と越だけがその制度を受けていなかったということがあろうか。

 かの王者の制度は、形勢をしっかりと観察して器物を定め、遠近を考慮に入れて貢物に段階を設けていた。どうして必ずしも全く同じにする必要性があるのだろうか。

 つまり、魯の人はトウ(木唐)、衛の人はカ(木可)、斉の人は一革を用いていた。土地や形勢が違うのであれば、用いられる器物や飾りも全く同じというわけにはいかないのである。この故に、諸夏(文明の開けた近い土地のこと)の国は、服することも同じで儀式の制度も同じで、蛮夷戎狄(文明の開けていない遠い土地のこと)の国は、服することは同じでも儀式の制度は同じでなかった。

 封内であれば甸服、封外であれば候服、候衛であれば賓服、蛮夷は要服、戎狄は荒服であった。甸服の者は祭りに来て助け、候服の者は祀に来て、賓服の者は享に来て、要服の者は貢に来て、荒服の者は王に来る。祭は毎日、祀は月に一度、享は季節ごと、貢は年ごと、王とは王が交代するときである。

 こういったことを、形勢を観察して器物を定め、遠近を考慮に入れて貢物に段階を設けると言う。これが王者の制度である。

 かの楚や越は、享と貢と王に来ていたのである。そうであるのに、祭や祀に来ていた者と全く同じにして、そうしてやっと制度を受けていたとでも言うのか。これは規摩の説(正しくしようとしてかえって間違う理論)である。溝の中に転がるやせ細ったような者では王者の制に及ぶことはできない。ことわざに「浅き者は深き者を測ることなどできず、愚では知を謀ることなどできない、井の中のかわず大海を知らず」とはこのことを言ったのである。


まとめ
http://d.hatena.ne.jp/keigossa/20130104/1357283885


解説及び感想

■乱れている時の方が刑罰が軽いというが、それはその通りである。インドでは階級制度の名残というか、まだ階級制度があって、人でない人という身分があり、こういった人が強姦の的となっているらしい。しかも、これは身分制度的に肯定されていることだそうで、強姦した加害者も大きな罰を受けないそうだ。ところで、インドと日本とでは、どちらが治まっていて、インドと日本ではどちらで罪を犯すと軽く扱われるのか。

■人に刑罰を加える本と言うものは、乱暴を禁じて悪事を憎み、その上で未来の戒めとしようというものである。これも実にその通りと思う。労働基準法に違反する組織には何の罰もないだろう?まあ、これ以上は言わない。