おのれは愛すべき者

講談社学術文庫 仏教聖典 210pより 語り口と内容を変化させて抜粋

釈尊祇園精舎におりましたとき、

コーサラ国の王さまパセーナディと、お妃さまのマッリーカ、
美しく居心地安きその宮殿で、夜空を見上げておりました

マッリーカお空を見上げて言いました
「おうさま、おうさま、わたくしは、自分を愛してございます、何より愛してございます、あなたはどうでございますか?」

おうさまもしばらく考え答えます
「ああ愛しきマッリーカ、わしも自分が一番好きじゃ、自分より愛すべき者見当たらぬ」

王様は自分が善いのかわかりません、分からぬことは賢き人に、聞くがこの世の道理なれば、翌朝宮出て向かいしは、仏の元にございます

王様礼してかたえに座して、この話を釈尊に、ためらいなくして語りました

ブッダは答えて言いました

こころして あまねきところを めぐりさがし 日を過ぎ月過ぎ 今にいたり
おのれにまして 愛すべき ものはかつて 出で会わざりき
なれどされども このおのれ 他人(ひと)も相い持つおのれなり
さればおのれを愛する者こそ 他人(ひと)を害(そこな)うことなかれ

人にして おのれを愛すべきことを 考え感じて知るならば 慎み気を付け注意して 己の身をも護るべし
人にして 心さえある者ならば 時に時して おのれの心行 厳しく顧み 思慮すべし
おのれこそ この世に唯一の おのれのよるべ おのれを置いて 誰によるか
よくととのえし おのれこそ まことによるべき よるべとならん

おわり

これは儒学で言うと、恕に他ならず、自分という尺度を用いて全てを測る儒術の基本と全く同じである。