アレテオン4 〜古き小道〜

どっちみちプラトンの真似なので、題名も「何事もにも基準が肝要」からプラトン風にしてみた。

前までのあらすじ、ケイゴーサはソクラテスを呼び出して、自分が徳のために何をすべきかということについて問答をすることにした。そして、その過程で、このアレテオンについて語ることとなったのだった。

ケイゴーサとソクラテスの関係については
http://d.hatena.ne.jp/keigossa/20120926/1348665429
を参照。

ソクラテス「よし、ではこのアレテオンに向かう小道のことについて語ろうではないか。

古き小道の 溢れてあるは
星の数をも しのぎけり
古びて目立たぬ 道なれば
目には見えても 心に見えず
過ぎて過ごすは 朝暮の如し
心に見えて 入りなむも
入りがたきは 針の穴
針の穴 通りて抜けて臨めるは
かも麗しきアレテオン」

ケイゴーサ「さて、ソクラテス、わたしたちは、この入り難い古き小道に入っているのでしょうか」

ソクラテスは下を見ながら少しにやけて言った「確かに、今、ぼくたちがいるこの場所は、現代の日本では珍しく未舗装で土だらけの道だけど、これがその古き小道だろうか」

ケイゴーサは上を見ながら言った「古き小道は、そういったものではないでしょう。しかし、今、季節はちょうど春になろうとしています。この柳の木は、溢れんばかりの若さとともに、その枝の先まで緑にして、新しい葉を、またこの世界に生じようとしています」

ケイゴーサがそう言うと、そよ風が吹いて、柳並木の垂れ下がった枝が、少しゆらっとそよいだ。その調和した様子と温かいそよ風は、そこいる人達の気分を心地よくしたのだった。

そうして、しばらくの間、そこにいる皆は、古き小道のことを忘れて、この温かな春の日と、溢れんばかりの緑を心から讃美したのだった。

しばらくして、ケイゴーサは、ふと我に返って言った「さあ、この生命への賛美は決して無駄なことではないでしょうが、わたしたちは、古き小道についてもっと明らかに語らねばならぬでしょう」

ソクラテス「そうだ。だが、ケイゴーサ、ここには既に古き小道があるのだ」

「どういったことでしょう」

「ぼくたちは、今、目で見ただけでなくて、心でも見ていたのではないだろうか、だからこそ、そこには沈黙と心地よさがあったのだ。それに、こういったことに関することは、人類が言語を有した古き時から詩という形で多くの事が語られているではないか。ならば、これも古き小道と言うことができるだろう」

「おっしゃる通りです。しかし、それだけでは、入口が針の穴ほど入りにくいことについては何ら説明されていません。このことについては、どのように答えてくださるのですか」

「ぼくたちは、今、それを見たのだけど、まだ入っていないということではないだろうか。針の穴もそうだけど、見つけることは簡単だけど糸を通すことは難しいのだ。それとも君はそれを簡単にすることができるのかい」

「人は多くの便利な道具を発明しています。糸通しを使うならば、それは簡単にできるでしょう」

「その通りだ。では、この古き小道に入っていくためにも、便利な道具があるのではないか」

「この徳の小道に入るためのそういった便利な道具があるのならば、是非とも教えていただきたいものです」

「ケイゴーサ、ぼくは、君に教えているのではなくて、ただ一緒に考えているだけなのだ。それとも、また、君は、このぼろぼろになって擦り切れ、しかも穴の空いたTシャツのようになってしまった議論をするのかい?」

ケイゴーサは下を向いて笑いをこらえながら言った「おっとっと。では、この古き小道に入るための道具について考えてみましょう」

「よろしい。では、糸通しについて詳しく考えることで、このことが明らかになっていくと思うのだが、君は同意してくれるかい」

「もちろんです。糸通しについて詳しく考えてみましょう」

糸通しがどんな道具であるかという具体的なこと、例えば、鉄製であるとか、どんな形であるのか、そういったことについて語りあっても、話はあまり進展しないと思うがどうだろうか」

「進展しないでしょう」

「では、その他のことについて考えればいいのだ。糸通しは何のためにあるものだろうか」

「針の穴に糸を通すためにあるものです」

「次は、糸通しはどういった経緯でできたのだろうか」

「人が糸を針の穴に簡単に通したいと思ったためにできたものです」

「では、糸通しを考え付いた人はどのような人だろうか」

「恐らく、糸を針の穴に通すことを何度もしている人で、これに工夫を加えたのですから、少なくとも賢い人と言えるでしょう」

「よし、では、その調子で次の質問に答えてくれたまえ。この“古き小道に入るための道具”は何のためにあるものだろうか」

「古き小道に入りやすくするためにあるものです」

「次は、“古き小道に入るための道具”はどういった経緯でできたものだろうか」

「それは、人が古き小道に簡単に入りたいと思ったためにできたものです」

「では、“古き小道に入るための道具”を考え付いた人はどんな人だろうか」

「恐らく、古き小道に何度も入ろうとしている人で、これに工夫を加えたのですから、少なくとも賢い人と言えるでしょう」

「ところで、物として残すことのできる糸通しならいざ知らず、“古き小道に入るための道具”のように、物として残すことができない場合、その賢い人は一体どんなものによって、この道具を残そうとするだろうか」

「それは言語に他ならぬでしょう」

「では、この“古き小道に入るための道具”は、“何度も古き小道に入ろうとした賢い人たちが残していった言語”に他ならぬことになるのではないか」

「そうに違いありません」

「こういったわけであるから、ぼくたちが古き小道に入っていくためには、まず、多くの事を心で感じること、そして、ここに入ろうとした多くの賢い人たちの言葉をよく吟味することが重要であることが明らかになったわけだ。こういったことであるから、この小道が古びていること、また、細い小道であることも、これで十分に立証されたと思う。なぜなら、そいうった言語は、かなりの昔から多く残されていているわけであって、十分過ぎるほど古いのであるし、これらの残されている言語の量に反して、ぼくたちは余りにもこれらの言語を知らないし、それ以上にこれらの言語をやすやすと理解することもできない」

「おっしゃる通りです。そして、この古き小道に入るための条件が整った以上は、次にこの古き小道の道のりについて語られねばならないでしょう」