松下幸之助「新国土創成論」を読んで

 図書館で借りた本は、昨日の「いつものあなたで」とこの「新国土創成論」と「憂論」の三冊だ。いずれもPHPから出版されたものであることは言うまでもない。


少し私のほほえましい行動について書かれています。ほほえましい気持ちになってもらえるとうれしいです。


 「新国土創成論」と「憂論」は、関市の図書館では一般閉架という分類で、パソコンで番号を検索して、カウンターで「借りたい」と言わなければ出てこない。まあ、どちらも名前だけで私が恣意的に決めたことはなんとなくわかってもらえると思う。題名がかっこいいのだ。タイトルを見て、すぐに「これだ」と思った。まあ、そんな感じで借りた本なのだけど、両方とも発行年が、昭和51年なのである。私が生まれる前、かれこれ35年ほど前の本になる。図書館の係のこぎれいなおばさんが、この本を書庫に探しに行き、そして戻ってきて私の前にポンと置いたときは、その古書独特のデザインのだささというか、その本自体が持つ歴史の重みというかを感じて、思わずわくわくしてうれしくなってしまった。係のおばさんもそれに気付いたのか、笑顔で「ありがとうございます」と言った。私も、その本を持ってきてくれたことがうれしかったので「ありがとうございます」と言った。そしたら、また、おばさんが「ありがとうございます」と言った。本を持ってきて、喜ばれるということがあまりないのかなぁと思いながら、ルンルンの気持ちでこれらの本をかばんに入れ、図書館を後にしたのだった。しかも、この「新国土創成論」に至っては、本屋で買うと抜かれるはずの図書カードがはさまっており、寄付されて、(しかもほとんど誰にも読まれずに)現在に至っている固体と思われる。これはこれでなかなか趣向もあるし、興味深い。

 それで、肝心の本題なのだけど、まえがきを見ると、どうやらその前に発刊された「崩れゆく日本」、65万部売れたらしいのだが、の続編というか、改訂版・前進版という体面らしい。



※ここからが本題です。とりあえず本の要約、概要を書き連ねます。

1.このままでは行き詰る
日本の有効国土(山岳地帯を除いた人の活動できる土地のこと)の狭さを見事なまでの分析と計算、比較により算出・立証している。そして予想される人口増加に伴って、さらに過密化すると言っている。この章で、「おお、なるほど」と思ったのは、「日本は狭いことで、インフラ整備が簡単にできた。それが日本が戦後発展した理由の一因だ。」と述べていることだ。これには、私も驚いた。普通の人間では思いつかない発想だと思う。普通の人なら、土地は広いに越したことはないと、ゆわゆる常識の枠、先入観の枠のようなものを超えることはできない。しかし、あっさりとその枠を超えているのだ。広い家だと掃除ばかりしていなければならず、そういった意味で狭い家の方がいいのだと例えている。そう言われれば、なんとなくわかるが、それを思いつくことは容易ではない。

2.深刻な食糧問題
日本の食料自給率の低さのみならず、他国でも食料自給率が低いことを指摘している。

3.開拓地に住む現代人
ここの要点は、自然破壊、人間のための自然改造を、オランダや、江戸の徳川、大阪の豊臣、奈良(奈良はでこぼこを“なら”してできた都市だから“なら”だという)、大和(やまとは山が多いという意味で、そこを切り開いたから大和らしいという)の例を挙げて肯定する章だ。

4.国土を創成する
国土創成の意味が明らかになる。つまり、日本の70%にあたる山の20%を削って利用可能な土地にし、さらにその残土を埋め立てに用いて日本の国土をさらに海側に10%広げようというのだ。単純に日本の有効国土が2倍になる計算になる。

5.二世紀に渡って実現
この国土創成について25年かけて計画を立て、200年に渡って実行しようと提言している。この章に書かれていたことで、非常に素晴らしい考え方だと思ったことがある。それは、計画の是正を既に予定に入れていることだ。つまり、200年かけて事業を行うのであるならば、一番最初に手を入れたところで50年後に問題が表面化した場合、その後150年の事業については是正が可能だと言っているのだ。この考え方は普通にはできない。例えるなら、レシピ通りに作るだけの料理に、敢えて段階を設けて時間をかけて作り、途中でもっとおいしくできるよう修正しようと言うのだ。計画が変更されることを計画に入れた計画と言うべきか。このリスク回避の考え方は素晴らしい。論語で言うと、「子、四を絶つ。意必固画なし。」というのだ。なかなかできることではない。

6.資金をどうするか
金利限定国債を強制的に国民に売ることで資金を調達しようと言う。

7.土地をどう配分するか
易で言うと、大君命あり、国を開き家を承けしむ。小人は用うるなかれ。孫子で言うと賞罰当たる。と言ったところか。表彰・恩賞の与え方が非常にうまかったであろうことが読みとれた。

8.はかり知れないプラスが
この構想が為された場合のプラスの面が挙げられている。この中で非常に驚嘆した考え方があった。それは、台風の猛威すらプラスにしようという発想だ。これはすごい。常人には、とてもではないけど思いつくことはできまい。こういった精神的な強さが成功した所以のひとつとしてあることは間違いないと思う。あと、食糧に関する危機意識の高さにも非常に感心した。人間は食料がなければ活動できない。その食糧が、もし、何らかの理由で手に入らなくなったらというのである。これについては別にまとめたいと思う。

9.世界に大きく貢献
そのような事業をするには、当然高い技術・しかも全般的なものが必要であり、それが全世界に好影響を及ぼすという。さらに、新しく創成された島のひとつを香港のような国際自由都市にしたらどうかという。これも夢がある。私がもしも国家に匹敵するような莫大な財産を得るならば、是非とも「国際学術都市」を建設したいと思った。世界各国の研究者や哲学者、宗教者も集まって大いに議論を交わせるような、釈尊がラージャグリハに行ったように、孔子が魯に住んだように、世界中の聖賢が集まるような、学術を志したものが一度は行ってみたいと憧れるような、そんな都市ができたらいいなぁと思った。

むすび
自然知という、彼個人の思想を説明している。自然知とは、人間第一主義を肯定した上で、自然と調和するという考え方だ。これは、日本特有と言ってもいい考え方と思う。まさに、この「自然知」によって育まれた日本の芸術こそ「庭」であると思うからだ。また、これらのことから、美の認識に関してもかなり高い水準を有していたと思われる。

新国土創成奉仕隊
これらの事業の労働力を兵役のような徴集の形で集めることを提案している。徴兵のない日本において、もしこれが実現されていたならば、と考えると良いことしか思いつかない。


松下幸之助がどんな人物であったか読みとる

・事実としてのデータを重んじる人物であったこと
・計算を重んじていること、計算するためのデータを集め、引きだすべき情報を判断する能力に優れていたこと
・非常に合理的・効率的な考え方をしていたこと
・人を説得するため道筋ある理論を立てる能力に優れていたこと
・不確定の部分には「〜であると思う。」「〜ではないだろうか。」などの慎重な表現を用いていること(事実を尊重し、また自分の専門外のことはしっかりと断りを入れて、専門家の意見を尊重していること、このことから無知の知についてかなり熟達していたものと思われる)
・誰かから世間話みたいな感じで聞いた情報もしっかりと記憶していること
・一見突飛な発想も、計算からはじき出した効率的・論理的なものであること
・人類主義者であったこと(これはつまり、第三章で、人間が人間のために自然を破壊すること、利用することを認めていることから読みとれる。ただし、条件として人間が10の自然を利用するなら、人間は12の福利を受けなければならないと言っている)
・実業家らしい。実に実業家らしい側面からものごとを見ている。なんというか、これは雰囲気とかの話でなかなか言葉で明確にはできないが、とにかくそういった効率の面からものごとを見ているのである。次に、神算ができたということも間違いないと思う。これは私がそう名付けているもので、私もある程度有している能力なのだけど、一般的な理解や枠組みを超えた計算という意味で神算と言っている。あと、民族主義者であること。この構想の正しさは、あくまで日本という枠組みを超えていない。つまり、彼は、人間本位・日本本位、人間発展・日本発展という成見の中で物事を考えていたと思われる。まあ、ただ、人間が発展しなければ、地球が発展したとは言えないと冒頭でも述べている。それはそれで、真理哲学的にも肯定できることではある。あと、意志の強さ、信念の固さ、というべきか、自分への自信というべきか、そういったものが、常人の持ち得ないスケールで、彼の精神に正しく持たれていたことも読みとれた。


感想

 正直なところ、胸が躍った。夢がある。とてもではないけど、これから死にゆく人間の思いつくことではない。(平成元年死去で享年93ということなので、死去まで十数年、80歳ころのときということになる。)このようにスケールのでかいことを、打ち出すとは、驚嘆である。そして、私が何より感心しているのは、計画の実現性の高さである。ほとんどの人が、「何を馬鹿な、狂気の沙汰、ぼけ老人のたわごと」と思われるかもしれないが、私からすると、この構想のガイドラインは非常に現実的で、また、機運と天のめぐりさえあれば実現可能なものであると思うのだ。ただ、それが実施されていた場合有効なものであったのかの考証は難しい。でも、もしもこの計画が実行に移されていたら、今の日本はもっと良かったかもしれないとは思う。そして、私は確信した。彼は、この計画を実業家として心から実現したい、やってみたいと思い、また、実現可能であると信じて疑っていなかったであろう。そして、それが日本にとって必ず良い方向に動くとも確信していたと思う。


全体のまとめ
非常に好感が持てた。あと、機知に富んでいる。あと少しで届きそうだけど届かないようなバカでかいスケールの、あと少しで思いつきそうだけど思いつかないような素晴らしいアイデアが至る所にあったように思う。80歳の老人の発想とは思えない夢とロマンを感じた。